![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/cc/60682999a318c77d7057ad24d29fb71c.jpg)
夢見がちで物語の世界にあこがれる13歳の少女の旅行記から始まり、物語に読みふけった娘の時代、望まない結婚、晩年のさびしい姿までをつづった、菅原孝標女による平安後期の日記文学。
原岡文子 訳注
出版社:角川書店(角川ソフィア文庫)
『更級日記』を一言で説明するなら、平安期の文学少女による日記といったところだろう。
日常の描写などには、日々の感興をつづっただけのものもあり、おもしろくないと思う章もある。特に最後の方は愚痴っぽくて陰気だ。
だが、いくつかの部分では彼女の感性の美しさにはっとするものがある。
たとえば、月夜の晩の姉とのシーンは非常に印象的だし、東山の場面でのつかれた雰囲気も良い。
箱入り娘のため、宮仕えを始めたときの心細い気持ちもよく伝わってくる。
物語の夢想が結婚という現実に破れる辺りは悲しくもある。
また宮仕えする同僚の女房との語らいも、女同士の友情を感じさせるものがあり、心和む。
源資通とのちょっとした触れ合いは(ところで資通はまるで少女マンガの男性キャラのようである)いい雰囲気で主婦になっても、紳士的な男性に憧れる心境があるのだな、というリアルな雰囲気が伝わってくる。
また風景描写の美しさも見ものだ。
何か良かった部分を羅列しているだけになっているが、以上のシーンはどれも僕の心に染み渡り、ときに胸を打つものがある。
だが上記以上にすばらしかったのは、やはり物語を求める作者の姿勢である。
彼女は物語に耽溺する自分を「よしなきこと」にうつつを抜かしたと悔いているが、彼女の物語に対する愛情は、同じように物語を愛する者として共感せずにはいられない。
たとえば冒頭の文章、物語を読みたいと願い、薬師如来に額づいて、「物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せ給へ」と語る姿にはぐっと来るものがあるし(ついでに言うと、家を出たとき、「薬師如来を見捨て奉」って悲しくて泣いたという文章はきわめて美しい)、おばから物語をもらったときの「得て帰る心地の嬉しさぞいみじきや」という文章や、その後、家に帰るまでに所々見て、家に帰ってからは部屋にこもって読みふける姿は非常に愛らしい。
また文学少女らしい作者らしく、夢想的なところが仄見えるシーンが多く、その点にも共感を覚える。
浮舟と自分を重ねたり、竹芝の寺の伝説を事細かに描写したり、「大納言の姫君」の生まれ変わりの猫を描く姿も彼女の空想癖を(当時の信仰から言えば自然かもしれないけれど、それでも)表しているようで非常におもしろい。また文章も物語からの引用が多く、知的だし、何より物語を愛していたことを、その点からも推し量ることができる。源資通との会話だって、共に文学に対する素養があったからこそ、親近感を抱いただろうことも想像に難くない。
彼女は後年信仰に走っているが、それでも宇治に着いたときに、浮舟のことを思い出す辺りは文学に対する愛を決して断ち切れていないことを示すだろう。
彼女の物語に対する愛情が全編からは強く伝わってきて、千年の時を過ぎたいまでも、彼女のキャラは僕の心をとらえるものがある。
彼女は決して派手な人生を送っているわけでもないが、そこにある一つ一つの心情は、現代を生きる僕の心にじんわりと訴えてくるものがある。何とも愛らしい作品である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます